籠の鳳 AnotherSide

籠の鳳 AnotherSide



 長い長い廊下を歩く一人の女性。長い黒髪を後ろに束ね、ゴーグルで瞳を隠した女性・・・

 廊下の突き当たりにある部屋の前で立ち止まると、短くなった煙草を捨て、新しい煙草を咥え火をつける。一度、自分を落ち着かせるために深呼吸のように深く吸い、煙を吐き出す。

 ・・・そして、ドアノブに手をかけた・・・・

 

部屋の中は薄暗く、光源となっているのはモニターの映像だけという状態だ。女性が中に数歩足を進めると・・・もう後には戻れないというかのように、後ろの扉が勝手に閉まった。

 

「やっと来てくれたね♪」

 モニターを背にした男はそう言った。

「なかなか出てこないんだもん、ちょっと焦っちゃったよ・・・『ユーマ』・・・いや、『優華』・・・やっぱりこっちの名前のほうがいいよね♪」

 優華と呼ばれ、彼女の体が小さく反応する。

「その名で呼ぶな・・・彼女はもうこの世にはいない・・・彼女はあの時・・・・死んだんだ・・・」

 はき捨てるように言った彼女からは、いつものクールさが感じられず・・・どこか、怯えているようにも見えた。

「どうしてさ、君はこうやって生きているだろう?・・・愛してるよ優華・・・君は、僕だけのモノだよ・・・」

 そう言って笑った男の顔は酷く嬉しそうで・・・彼女の恐怖心を更にあおっていた。

「一つ・・・聞く・・・・お前、何故あの子をさらった?・・・ダイナモを使ってあんな回りくどい事をせずとも・・・・お前ならば私を呼び出す方法くら・・・い・・・・・・・」

 彼女の言葉は途中で途切れた。何故なら、男が自分のすぐ傍まで来ていたから・・・彼女は、この男に恐怖していた。

「だって、邪魔だったんだもん。あの男も、あの女も・・・・・・君の様子を見るたび、あいつら、君の隣にいてさ・・・凄く・・・邪魔だったんだ・・・だから消そうと思った」

 また、笑う。

「それにね、ちょっと納得いかないんだけど・・・あの男の描いた絵に、君が描かれてたんだもん。あの金髪の女なのに・・どう見てもあの頃の君、『優華』なんだもん。それがわかったらあの絵が是が非でも欲しくなっちゃってさ♪」

 

 ・・・何を、言っているんだ?

 

「わからない?」

 不思議そうな顔をしている彼女を見て、男は部屋の右側・・・窓もないのにカーテンが取り付けられている所に歩み寄ると、シャッ!っとカーテンを開け、微笑を彼女に向けてこう言った。

「この笑顔、微笑み方とか、笑ったときの仕草とか・・細かいところまであのころの君そっくりなんだよ・・・」

 そう言って、カーテンで隠してあったあの『絵』を眺める。愛しそうにその絵に描かれた少女を指先でなぞる。それを見ていた彼女は、不快でたまらないという表情を浮かべていた。

「止めろ・・・もう・・・止めてくれ・・・柘榴・・・」

「なぜ?僕はこんなにも君を愛しているのに・・・ずっと、ずっと君だけを見てきたんだよ・・・君が死んだって聞いたとき、僕がどれほど悲しんだか・・・」

「・・・ならば・・・・・ならば何故・・・あの時彼女を抱き締めてくれなかった?・・・・あの日・・・お前は優華を裏切った・・・お前が優華を捨て、殺したようなものだ・・・・・・・」

 そこまで彼女が言ったとき・・・・柘榴と呼ばれた男が何かを言おうとしたがそれよりも先に部屋にアラーム(警告音)が鳴り響く。咄嗟に身構える彼女だったが、柘榴は事も無げにモニターを一瞥し、何かを操作し始めた。

「あぁ〜あ、負けちゃったんだ・・・・・・ん〜・・・ま、いっか。もうあの女にも用はないし・・・潮時かな・・・」

 簡単にそういって、柘榴はまたパネルを操作した・・・すると・・・・・・・・

 

ゼウス!?

 

 画面から聞こえた我が子の叫び声に顔を上げモニターを見る。そこに映っていたのは・・・炎に包まれる一体のレプリロイド・・・・

「!?お前!!

 慌てて大きな声を出す。すると、柘榴はゆっくりと振り返り。

「なぁに?どうしたの?」

 何も無かったかのように、にっこりと笑って返事をした。

「なんて事を・・・いまのレプリロイド・・・お前の『子供』じゃないのか?」

 自分を落ち着かせるようにゆっくりとそう言った彼女に、柘榴は多少驚いた表情を見せる。

「相変わらず面白い事を言うね。あれはただの『道具』だよ?君だっていらなくなった物は捨てるだろ?それと一緒さ、もうあんなのいらないし」

 さも当然の事のように言ってのける柘榴に対し、彼女はうめくように呟いた・・・

「やはり・・・おまえとは意見が合わないな・・・・」

 諦めるように溜め息を一つつき首を小さく横に振る。そして、モニターを見て我が子がこの屋敷を出た事を確認すると。

「もうここに用はない。今度こそ『さよなら』だ・・・」

 『さよなら』その言葉を聞いた途端、先程までニコニコしていた柘榴の顔から表情が消えた。悲しんでいるのか、怒っているのか、その表情からはそう言った情報がまったく得られなかった。

「やっぱり、僕を置いていくんだね・・・」

 無表情のまま、柘榴が呟いた。

「キミを僕の物に出来ないなら・・・いっそのこと・・・・」

 するとまたにこっと笑い、彼女に背を向け何かのプログラムを実行させる。

 

 『Warning!! Warning!! Energy is flowing backwards! Operation is stopped immediately and please terminate a program! It repeats...

 

 突然鳴り出したアラームに機械的な音声の警告。それを聞いて彼女はハッとする。この男は、初めから自分と心中するつもりだったのだ・・・

「さぁ、僕と一緒に逝こう」

 柘榴は嬉しそうに微笑んだ。

 だが、彼女はこんな所で死ぬわけにはいかないと思っていた。己の愛する者、自分を待つ者がいる以上自分は生き続けるのだと決めているから・・・

 急いでドアノブに手をかけるが、案の定鍵がかかった状態でびくともしない。

「無駄だよ、君はここから逃げられない・・・・」

 微笑みながら言う柘榴の言葉に反応するように、部屋のあちこちで蹲っていたもう動く事のないはずのレプリロイドやメカニロイドが動き出す。

「もう・・君を放さない・・・・」

 言い終わると同時に、ゾンビたちは彼女に飛び掛る。

「・・・あの時・・・その言葉を聞いていれば・・・こんな事にはならなかったかもしれないな・・・・・」

 彼女は襲い掛かってきた全てのゾンビたちを一撃で沈黙させる。体術を得意とする彼女にとって、この程度の数の敵は問題ではないのだ。

 戦闘態勢を解かぬまま、ゆっくりと扉へ移動した彼女は・・・

「・・・私はこんな所で死ぬわけにはいかない・・・」

 自らの腰に装備しているハンドガンを取り出しドアノブに銃口を向け、

 

 ガゥン!ガゥン!!

 

 躊躇せずにトリガーを引く。そしてドアノブの破壊された扉を一気に蹴破り外に出た・・・が。

「・・・・・・・くそっ・・・・・・」

 いったんは外に出た彼女だったが、部屋に残っている柘榴を連れ出すためにまた部屋の中に入り、彼の腕を掴む。

「何をしている!暴走を止める気がないのなら早く逃げるぞ!」

 掴んだ腕を引っ張りながら脱出しようとする彼女だが、柘榴は一向に動こうとしない。

「柘榴!」

「・・・嫌だよ・・・外に出てもいい事なんて一つも無いんだ・・・今ここで・・・君と一緒に逝った方が僕は幸せになれるんだ・・・」

 彼女の腕を掴み返し、力をこめる。

「・・・一緒に逝こう・・・・」

 柘榴の言葉を待っていたかのように、爆発が始まる。初めはモニターや機器類の小さな爆発だったが、次第にそれは大きくなり、屋敷全体が地震のようにゆれ始めた。

「死にたいのならば・・・一人で死んでもらおうか!!」

 不意にした声に、微かな衝撃。次の瞬間、柘榴の体は後ろにあるモニターへ突っ込んだ。

「まったく・・・・ユーマ!1人でこんなところに来るなんてどういうつもりだ!」

 ゆっくりと振り返る彼女を怒鳴りつけ、優しく抱きしめるがっしりとした腕。見上げると、そこにいたのは・・・いたるところを包帯で巻かれた痛々しい姿の愛しい人。

「螺旋・・・・どうしてここに?」

 不思議そうに聞く彼女に、男は優しく微笑みかけると、

「・・・いつも傍にいろと言ったのは貴女だ・・・」

 と言って彼女を抱きしめる腕に少しだけ力をこめる。

「・・・そう・・・だったな・・・」

 彼女も素直にその腕に身を預けていた。

「・・・なんだよお前・・・・・僕の優華に気安く触るな・・・・・」

 殴り飛ばされた柘榴が、切れた口内から溢れ出した赤い液体を手の甲でぬぐいながらゆっくりと立ち上がる。螺旋は彼女を抱き上げると、柘榴を無視して背を向けた。

「おい!優華をどこに連れて行くつもりだ!!」

「・・・私はユウカと言う人物は知らない」

「お前のが抱いているその人が優華だよ、優華を返せ」

「この人は『ユウカ』ではない『ユーマ』だ・・・悪いが、貴様の戯言にこれ以上付き合ってはいられん。我々は脱出する。貴様も死にたくないのならば早々に逃げ出すのだな」

 柘榴の言葉に、螺子は冷たく言い返すと・・・彼女を連れてその場を立ち去った。

 

 

「螺旋・・・・」

 屋敷から外に飛び出し、螺子が乗って来ていたチェイサーでの走行中。彼女は彼の背中に顔を押し付けたままその名を呼んだ。

「どうした?ユーマ」

 屋敷からもかなり離れたところまできていたので、彼はチェーサーを止め返事をする。辺りはただ荒野と瓦礫が広がる、寂しげな場所だった。

「・・・・もう・・・ずいぶん前のことになるが・・・彼と私が付き合っていたことは事実だ・・・」

 彼女はチェーサーから降り、瓦礫の中を歩きながら話し出した。

「・・・・・」

 彼はその後に続き、黙って話を聞いていた。

「私は彼を愛していた・・・いつも傍にいたいと思うほど・・・この人となら・・・結婚しても良いと思うほど・・・・」

「・・・・・・・」

 目を閉じ、思い出すように話をする彼女を見つめ、彼は黙っていた。

「だが・・・彼はそうではなかったらしい・・・いや、私が一人そう思い込んでいただけなのかもしれないが・・・・」

 一つ一つの言葉を探るように話す彼女の手が、小さく震えているように見える。

「・・・彼にとって、私はただの性欲処理の道具だったのかもしれない・・・普段は同じ空間にいても、私には見向きもせずただ研究に没頭する彼が・・・その行為をするときだけ私の温もりを求めてきた・・・そんな日々が続いて・・・私は・・・それが耐えられなくなった・・・・」

 彼女は自らの体を抱きしめるようにし、腕に力をこめる。その腕は・・・彼女の体は・・明らかに何かに怯えるように震えていた。

「私は、どんなときでも傍にいたっかった・・・彼の温もりを感じていたかった・・・ただ・・抱きしめて・・・頭を撫でてほしかった・・・」

 震えをとめようと、体に力を入れる。だが、彼女の体の震えはとまらない・・・

「だが・・・彼にそのことを言ってもその場だけで・・・二人きりになっても私を自分から抱きしめてはくれなかったんだ・・・・」

 震える手を前に持っていき、顔を覆う・・・

「だから・・・私は・・・・」

 言葉を止める・・・

「・・・・・・・・・・」

 心を落ち着かせるように目を閉じ、深く息を吸い込む・・・・

「・・・あの日・・彼に別れを告げた・・・・・」

 もう一度深呼吸・・・そして顔を上に向ける。

「・・・もう、彼とは付き合えない。共にすごす時間が・・・私には苦痛でしかないと・・・彼に告げた・・・」

 ゆっくりとそこまで言い終わると、彼女は瞳を開いた。口元にはうっすらと笑みを浮かべて・・・

「するとどうだ・・・彼は私を愛していると言ってきた・・・私が・・・もう一緒にいられないと言ったとたんにだ・・・」

 その変化は、気がふれてしまったのかと思えるほど急激で・・・彼は彼女の話をただ聞いていることしか出来なかった・・・

「普段は・・・私が怒った時くらいにしか言わない言葉を・・・私がいくら言っても・・彼はなかなか言ってくれなかったその言葉を・・・・・・・私が別れると言ったとたんに彼は言い出した・・・」

 くくっと肩を揺らして笑っている彼女の表情は、ゴーグルによって見ることが出来ない。

「もう・・私は彼のすべてが信じられなかったよ・・・・彼の口から発せられる愛の言葉が・・・すべて偽りに聞こえて・・・私は・・・それ以来彼と会うのを止めた・・・・・・・・・・・・それから・・・父と母の暮らす実家に戻り、彼からのメールや電話を一切受けないようにして・・・彼との繋がりをすべて絶った。そして・・・大戦が起こり・・・私は・・・・・・・・・・・・後は、お前もよく知っているとおりだ」

 そう言うと、彼の方を向いてにっと笑った。ゴーグルで表情が見えないので、正確には笑ったように見えた・・・になるが・・・

「・・・・・いきなりこんな話をしてすまない。だが、お前には聞いてもらいたかった・・・」

 俯き、力ない声でそういう彼女の傍に螺旋は歩み寄る。

「あのころの・・・私が『優華』であったころの記憶を取り戻した時から・・・ずっと・・・お前には話しておきたいと思っていた・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・ふぅ・・・たくさん話して、喉が乾いてしまったよ・・さぁ、帰ろ・・・」

「・・・ユーマ・・・」

 不意に、ユーマの言葉をさえぎり螺旋は彼女を抱きしめた。

「私は、どんな事があっても貴女の傍を離れない・・・」

 その胸にしっかりと彼女を抱きしめながら、彼はそう言った。

「・・・これは、私がレプリロイドだからではない。確かに、初めはあなたを守ると言うプログラムされた感情で動いていたが・・・」

「・・・・・」

「・・だが・・・『貴女を愛する』というプログラムは、誰にもインストールされていない・・・意味が、わかるか?」

 互いに表情を見せないように、彼は彼女をきつく抱きしめ、彼女もまた、彼の体にしがみつく。

「これは・・・この感情は・・・貴女と共にすごすうちに、私の中で生まれた感情だ・・・・・・レプリロイドと言えど、心をもっている以上感情の変化は必ず現れる。インストールされた物とは・・また別の感情が生まれてくる・・・」

 ユーマは何も言わない・・・ただ、彼の背に回した腕が少しだけ震えていて・・・

「私は・・・貴女を愛している・・・誰かにそうプログラムされたからではない、私の積んだ『経験』から、そう思っているのだ・・・・・愛している、ユーマ・・・貴女を・・・貴女の愛するものを、私は守りたい。貴女を悲しませたくはないから・・・」

 しばらくの間、二人は黙ったまま抱き合っていた。世界にたった二人だけ、そんな錯覚に陥ってしまいそうな状態で、二人はきつく抱き合った・・・

「・・・・ならば・・・お前自身あまり怪我をして帰ってくるんじゃない」

 そんな中、先に口を開いたのはユーマだった。ぴったりとくっつけた体をゆっくりと離し、彼女のポイントとも言えるゴーグルをはずし彼を見上げる。

「・・・お前も・・・『私の愛する者』に含まれているのだからな・・・」

 ふっと笑いながら言う彼女に、彼も微笑み返し・・・

「了解した」

 と、彼女と誓い合うようにキスを交わした・・・・・・

 

 

 

 後日、研究所の事後処理をしていた者に尋ねたが・・・あの建築物の瓦礫の下から『人間』の遺体は発見されなかったと聞いた。

 あの後、彼も逃げたのか・・・それとも、もともと『柘榴』という名の『人間』はこの世に存在していなかったのか・・・

 今となっては・・・もう、解明することは不可能だろう・・・・

 

 

 The talk of the bird caught by the basket is this and is in the END.







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