籠の鳳
ボディができる前、俺は・・・母さんの研究所のセキュリティプログラムだった・・・ 「ヴィシュヌ」 ホログラフプロジェクターの前で母さんが俺を呼んでる。 『どうしたの?母さん』 俺はすぐに映像を出力して返事をした。俺にはボディはないけど、ホログラフ映像はちゃんとあったんだ。だから、母さんと触れ合う事は出来ないけど・・・こうやって顔を合わせて会話をする事が出来る。 「今日もお前のボディのテストをする。すぐに移動できるようにしておけ」 『ハーイ♪』 その日もいつもみたいに俺のプログラムとボディの適正チェックから始まった。 もうすぐ俺はこの電脳空間を離れ、ボディに入り現実空間で母さんのサポートをする事ができるようになる。 俺はそれが凄く楽しみだった。母さんのすぐ隣りで、母さんの役に立つ事ができる・・・それが、俺にとって物凄く嬉しい事だった・・・ 『早く現実空間に出たいな・・・』 「もうすぐだ。後数回テストをして問題が無ければ・・・お前はボディに降りる事ができる・・・もうすぐだ・・・」 そう言って母さんは俺の頬を撫でた。もちろん触れるわけじゃないから、撫でるふりだけど・・・そんなちょっとした仕草からも、母さんは俺の事を愛してくれてる・・・それがわかって凄く嬉しかった・・・ 「次はその・・・そうだ・・・よし、じゃあ次に・・・」 テストが始まって数時間、母さんの指示を受けて数人のスタッフが忙しそうに動いてる。今のところは順調だけど・・いつどんなエラーやバグが出るか解らないからみんな慎重だ。 「気分はどうだ?」 ホログラフ映像の俺に話し掛けてきたのは母さんのガーディアン(守護者)の螺旋だった。 『調子良いよ♪この状態なら・・・明日か明後日にはもうボディに入って動けるかな?』 「それは少し気が早すぎるぞ・・・」 『笑わないでよぉ・・・・』 苦笑して言う彼の隣で、宙に浮いているような状態の俺はひざを抱えて体を丸くする。少し拗ねていたんだけど、ふと、彼もそうだったのかな?と思って・・・ 『ねぇ、螺旋はそのボディに入る前はどんな感じだった?やっぱり楽しみだった?』 聞いてみた。すると彼は微笑んで・・・・ 「私はこのボディになる前の記憶は持っていないのだ・・・私の記録している一番初めの記憶はこのボディで目を明けた瞬間だからな。むしろお前のようにプログラム体からボディに入る方が珍しいのだぞ」 『へぇ・・・そうなんだぁ〜』 そういえば・・・螺旋とちゃんと話したのってこれが始めてかも・・・そんな事を考えながら、俺はしばらく彼と話をしてた・・・ そして・・・ソレは突然やってきた・・・・・ 『・・・・?』 「どうした?」 突然感じた違和感、俺の様子が少しおかしい事に、螺旋も気がついたみたい。 『何?・・・これ・・・なんか・・・・・・・・・・!?』 しばらく違和感を解析していて、出てきた答えは・・・ 『母さん!!侵入者だ!!もう第5階層まで入ってきてる!!』 「なんだと!?ガーディアン達はどうした!!」 母さんの声で、呆然としていた研究員の一人が急いで現状を調べ始めた。 「・・・ガーディアン、『マツヤ』・『クールマ』・『ヴァラーハ』・『ヴァーマナ』・『ヌリシンハ』のシグナル・・・キャッチできません・・・・」 研究員がそう言ったとき、俺はすでに第6のガーディアン『パラシュラーマ』のシグナルが消えた事を感じ取っていた・・・ 『・・・母さん・・・俺が・・・・・・・・・あ・・・・!?』 「・・・ヴィシュヌ?・・・どうした!?」 『・・・消えた・・・みんな・・・きえちゃ・・た・・・』 この研究所のプログラムガーディアン・・・10の階層を守る10人の守護者達・・・みんな・・それなりの強さを誇ってて・・そう簡単に負けるはずがないのに・・・消えた・・・みんな消えた・・・・・・・ううん、強さなんか別にどうだって良かったんだ・・・ただ・・みんなが・・・『トモダチ』が消えてしまった事が・・・俺にはショックだった・・・ 俺は侵入者のシグナルを追跡した・・・母さんの制止の言葉も・・耳に入っていなかったんだ・・・・ 「やっと来てくれたね♪」 俺を見た奴の第一声がそれだった・・・ 「なかなか出てこないんだもん、ちょっと焦っちゃったよ・・・」 「・・・・みんなは・・・・」 「ん?ああ、ここのガーディアン?ふふふ〜♪これ、な〜んだ?」 そう言って侵入者が俺に見せたのは・・・プログラムの切れ端・・・・・ 「・・・まさ・・・か・・・・」 「ほらほら、キミの大好きな人が来たよ♪」 そう言って目の前の侵入者はそのプログラムの切れ端をクシャっと握りつぶした・・・すると、その拳の周りを靄のようなものが包んで・・・・・・ 「!?クリシュナ!!」 ノイズのかかった映像のように半透明な姿を現したのは・・・ 『・・・・ごめ・・・ヴィシュヌ・・・ごめん・・・ごめんよ・・・』 俺と一番仲の良かったクリシュナ・・・その姿は一瞬炎のように揺らめいて・・・完全に・・・消えた・・・ 「あ〜あ、消えちゃった。もうちょっと持つかなって思ったのに・・・ここのガーディアンも案外たいした事ないんだねぇ♪」 俺はアタックシフトプログラムを立ち上げた・・・ 「・・・・・君は・・ここへ何しにきたの?」 「何だと思う?」 「・・・別に言わなくても良いよ・・・だって・・・今ここで君は俺に灼かれるんだから・・・・な!!」 ガキィン!! 「な!?」 俺の攻撃が受け止められた!? 「ちちち・・・キミがいるのに何の準備もなしに潜入したと思ってるの?キミの攻撃パターンは・・・全て僕の中にインプットしてある」 「・・・そう・・・じゃぁ・・・遠慮はなしだ!!」 電脳空間に衝突音が広がる・・・ 「お前の目的は何だ!このサーバの破壊か!?」 「もっと凄い事さ♪」 この場所は俺が守る!・・・ただ・・・それだけ考えてた・・・ 「そろそろかな・・・」 侵入者がそう呟いた、その瞬間・・・ 「!?」 「どう?動けないだろう?」 「・・・何をした・・・」 体が動かなくなった!何で?どうして!?・・・何とか体を動かそうとしている俺の耳元で、侵入者はいやらしい笑みをこぼしながら囁いた・・・ 「ダメだよ・・・無理に動こうとすれば、キミのプログラムが壊れちゃう・・・」 「その方がお前にとっては好都合なんじゃないの?」 睨みつけて言ったけど、そんな事はお構いなしって感じで・・・侵入者の手が俺の体を這い回る・・・うう・・・気持ち悪い・・・ 「ゴシュジンサマはキミのお母さんに用があるみたいだけど・・・やっぱり僕はキミに興味がある・・・もっとよく見せて・・・・」 そう言って奴は俺の顔をぐいっと自分の方に向ける・・・・くそっ!くそっ!!動け!俺の体!! 「ああ・・・なんて綺麗なプログラムなんだろう・・・キミみたいに綺麗なプログラムを見てると・・・僕の手で無茶苦茶にしたくなるよ・・・」 何とか視線だけでもそらそうとしている俺の目に、今度は更に見たくないような光景が・・・ 「ひっ!?」 「ん?・・・ああ・・・ふふ♪・・キミのそんな顔が見れるなんて思わなかったな・・・」 視線の先にあるもの、影のように侵入者の足元を黒く覆っている大量の『ソレ』は、おそらくウィルスプログラムだろう・・・早く何とかしないと!って気持ちと気持ち悪い!ここから逃げ出したい!!って気持ちがごちゃごちゃになって・・・けど、どっちにしろ今の俺は指一本動かす事が出来ないから・・ただその光景を見ていることしか出来なかったんだけど・・・ 「ねぇ、怖い?気持ち悪い?聞かせてよ・・・今の気持ちをさ・・・」 「や・・・ぁ・・・・」 正直、こんなに怖いっと思った事は今までなかった、いつもみんな一緒だったし、どんなウィルスやクラッカー(侵入者)が来ても対処できてたから・・・でも・・・今は違う・・・俺一人で・・しかも得体の知れないウィルスを撒かれて・・・・ 「キミも・・・僕と同じにしてあげる・・・・」 侵入者の顔が近づいて来る・・・顔を背けられないように頬をその両手で包んで・・・ 「!?やっ!!嫌っ!!放せ!!嫌だぁぁぁぁ!!!」 奴の口の中に蠢く『ソレ』を見て、この侵入者が何をしようとしているのか悟った。こいつ・・・口移しでこのウィルスを俺の中に流し込む気なんだ! そう思った瞬間叫んでた・・・更に顔が近づいてきたから俺は口をつぐんで心の中で・・・嫌だ!!助けて!母さん!助けて!!ってずっと叫んでた。 「大丈夫・・・何も怖くないよ・・・一瞬で終るから・・・・」 もうだめだ!!って、本気で思った俺は目をぎゅって瞑った・・・ 「君は僕のもの・・・誰にも渡さない・・・僕だけのもの・・・」 「あのお方の子供にそういう行為をされては困るな」 聞き覚えのある声がしたと思ったら、物凄い音と少しの衝撃がして・・・あれだけ頑張っても動かなかった体が自由になって、俺はその場に崩れ落ちそうになった。 「おっと・・・まったく無茶な事をする・・・たいしたソフトもインストールせずにクラッカーに挑む奴があるか!」 倒れそうになった俺を支えてくれた腕・・・俺を心配して叱ってくれる声・・・ 「・・・どうし・・て・・・?」 「・・・あの方の悲しむ顔は見たくない・・・・」 そう言って少し顔を赤らめる、螺旋って素直なんだか素直じゃないんだか・・・・ 「それに、仲間が減るのも避けたいのでな・・・」 螺旋は、俺を支えていた腕を放すと、クシャっと俺の頭を撫でた。 「さて・・・このサーバに不法侵入したものがどうなるか・・・知らないとはい言わせんぞ・・・」 螺旋は静かに侵入者を睨みつけてバスターを構える。さっきの音と衝撃は彼が侵入者を攻撃して吹き飛ばしたために発生したものだった。 「もうちょっとだったのに・・・なんで邪魔するのさ・・・」 そう言って立ち上がった奴の腹部には大きな穴が開いていて・・・そこから・・・・・ 「うわぁぁぁぁ!!!」 あまりの気持ち悪さに俺は絶叫して螺旋にしがみついた。奴の腹部にぽっかりと開いた穴から・・・大量の・・・ある生き物を模ったウィルスがわらわらと溢れ出てくるんだ。 「・・悪趣味な・・・」 螺旋も顔をしかめてる。 「仕方ないだろ?これが僕の体を形成してるプログラムなんだから・・・あんたが壊さなかったらこれが出てくることもなかったんだよぉ?」 笑いながら言う奴を見て・・・ 「これが・・狙いだったの・・・?」 「ん〜・・これは最終手段なんだよねぇ・・・ちょっと予定が狂っちゃったけど、まぁいいや。キミを僕の物に出来ないなら壊しちゃえばいいんだし♪」 そう言うと・・・侵入者の目が変わった・・・ 「さぁ、僕と一緒に逝こう」 その言葉を皮切りにウィルスの量が一気に増し、サーバを侵食し始めた! 「母さんのサーバが!!」 「・・・愚かな・・・」 静かに首を横に振って・・・螺旋はバスターを構えて・・・・ ドウッ!! 「・・・あ・・れ・・・?」 おそらく母さんが今の状況を見てすぐに組み上げたウィルスバスタープログラムだろう、侵入者の右腕・・・その周りに蠢いていたウィルスがキレイにデリートされた。 「・・・なんか・・・ヘ・・・ンダ・・・ナ・・・・・」 自分の身に何が起こったのかわかっていないのか・・・侵入者は首を傾げる、その動きはまるで壊れたブリキのおもちゃのようだった・・・ 「・・・さらばだ・・・愚かな侵入者よ・・・・」 そして・・フルチャージのバスターが放たれる・・・ 「・・・デリート完了、データの修正に入ります」 螺旋はそう言ってデータの破損箇所の修正にまわったけど・・・まだなんか変だ・・・俺はさっきまで奴の立っていた場所に近づいた・・・少し黒くなってる・・・ここも直さないと・・・そう思ってその場所に手をかざした、瞬間!! ガシ! 「!?」 ほんの少しだけ残っていたイメージデータに腕をつかまれた! 「あ・・・や・・・・」 「ヴィシュヌ!!」 螺旋が来てくれた時にはもうほとんど消えかかっていたけど・・・ 「カナラズモライニイクヨ・・・イマシンダトシテモ・・・ボクハマタヨミガエルカラ・・・カナラズ・・・モライニイクヨ・・・クククク・・・アーッハハハハハハハ!!!!」 そして・・・・奴は消えていった・・・怖かった・・・このまま・・・連れて行かれるかと思った・・・本当に怖くて・・・・ 「うっく・・・う・・・・ふぅっ・・・・・」 泣いた・・・はじめて怖くて泣いた・・・螺旋の腕にしがみついて・・・・ 「・・・ど・・・Dr.・・・私は一体・・・」 困ったような螺旋の声が聞こえる。でも俺の目か溢れる涙は止まらなくて・・・ 『ガ・・・・ザザ・・・・ガ−−−−−−聞こえるか?』 「はい、聞こえています」 『・・・すまない・・・しばらくその子のそばにいてあげてくれないか・・・まだ私は抱きしめることも出来ないのでな・・・・』 「・・・」 螺旋は何も言わないで俺の頭をなでてくれた・・・・・俺は声を上げて泣き続けた・・・・ この時に俺は、もう涙は流さないと決めた、泣いている自分が情けなかった・・・だからもう、涙なんかいらないって・・・涙を流す分だけ、自分が弱くなっていくような気がしたから・・・・・・そういえば・・・螺旋が父さんだったらいいなって思ったのも・・・この時が最初だったな・・・・ 再び眼を開けたとき、俺は見慣れない部屋にいた・・・しばらく考えて監禁されていた事を思い出す。いつの間にか眠ってたみたい・・・ 「夢?・・・・・・嫌な事思い出しちゃったな・・・・・・・・・・あ・・・れ?」 俺・・・いつベッドに入ったんだろ・・・毛布まで・・・・ 「なんで・・・・?」 何気なくまわりを見回して気付いた、ドアが・・・ 「!?開いてる!!」 俺は慌ててドアに駆け寄ってゆっくりと押した。軋んだ音を立ててドアが開く。 「今しか・・・ないよね・・・・」 こんなチャンス、二度とないだろう・・・その考えが俺を動かした・・・ どうして奴が俺に執着するのかはわからない・・・けど・・・俺は早くここから逃げ出したかった・・・ 母さん・・・もう帰ってきてるかな・・・心配してるかな・・・ 父さん・・大丈夫だよね・・・死んでなんかいないよね・・・ 早く帰りたい・・・みんなに会いたい・・・・ クロード君・・・君に・・・君に会いたいよ・・・・ To Be Continued |
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