籠の鳳
「ん・・・・」 ヴィシュヌが目を開けると、見知らぬ天井が見えた。ゆっくりと起き上がるが、体中がぎしぎしと音を立てているように酷い痛みが走る。痛みを堪え辺りを見回すと、自分の寝ていたベッドの両隣にブラフマーとクロードが手当てを終えた状態で寝かされていた。 しばらく考えて、あの屋敷から外に出たときボロボロに傷付いたブラフマーを発見し、何とかクロードとブラフマーの2人をチェイサーが停めてあった場所まで連れて行ったまでは良かったのだが・・・ 直後に屋敷が爆発し、自分の意識もそこで途切れてしまった事を思い出す。 体中の痛みと、記憶が途切れている原因はおそらくそのときの爆風で何処かに叩きつけられてしまったからだろうと憶測を立てる。 「ここ・・・・何処だろう・・・」 いくら手当てされ、ベッドに寝かされていたとはいえ。見知らぬ場所にいるということに不安を感じ一人ごちる。 とにかく、ここでじっとしていても始まらないと、ベッドから降りようとしたとき、ちょうど部屋の扉が開いた。 「おや、もう起きても大丈夫なのかい?」 部屋に入ってきたのは、白衣を着た年配の男性と女性。 「あ・・・」 「まだ顔色はよくないねぇ・・・もう少し寝ていなさい・・・・」 白衣の女性にそういわれ、優しくベッドに横にさせられる。 「あの・・・あなた方が・・・助けてくださったのですか?」 横になりつつ、控えめに聞く彼女に、二人は優しく微笑みかけ・・・ 「確かに、あなた達を治療したのは私達だけど・・・」 「けど?」 「ここへあなた達を運んできたのは一人の男性よ」 「・・・男の・・・人?」 不思議そうに聞き返す彼女に、女性はゆっくりとうなずくと、彼女達がどうやってここへ運ばれてきたのか、説明をはじめた。 「ええ。全身真っ黒な男性のレプリロイド。その子自身も傷だらけだというのに・・・あなた達三人を抱えて、凄い血相で駆け込んできたのよ。」 「・・・あの、その人は・・・」 一通り説明を聞き終わると、彼女はおずおずと女性に尋ねた。すると、女性は少し困ったような表情になり・・・ 「その子にも治療をするように勧めたんだけど・・・あなた達の治療を終えて、もう大丈夫って伝えると、その子・・・すぐに出て行っちゃったのよ・・・」 「!?」 今度は話が終わる前に彼女の体が動いていた。横たえた体を起こし、ベッドから降りようとする彼女を、男性が慌てて止める。 「!!待ちなさい!君はまだ動いちゃ・・・」 「行かせてください!!今行かなきゃ・・・彼にもう一度だ会わなきゃ・・・俺はきっと後悔する!!」 必死の形相の彼女に、男性は少し考え・・・ 「・・・どうしても・・行くのかい?」 「はい・・・」 男性の目をじっと見て返事をする。その視線は、彼女の意志の強さをそのままあらわしていた。 「・・・そうか・・・ならば・・・行って来なさい・・・」 「あなた!?」 「ただし、30分以内に戻ってくること・・・・それが条件だよ。それ以上は今の君の体力じゃ持たないからね・・・・」 「・・・・・わかりました・・・・」 それを聞き、彼女は一礼すると部屋を飛び出していた・・・ もしかしたら・・・彼が助けてくれたのかもしれないという願いにも近い想いを抱きながら・・・ 老夫婦の家を出手、辺りを見回す。すると、遠くの方に人影のようなものが・・・ ヴィシュヌは駆け出し、その影を追った。だんだんと影との距離が縮まりその姿をしっかりと確認できるようになる・・・黒の薄地のロングコートをまとった、背の高い黒髪の男性・・・ 「シヴァ!!」 「おわっ!?」 ヴィシュヌはその男性に背中から抱きついた。 「シヴァ!シヴァ!!嫌だ!!俺を置いていかないで!!一人にしないで!!!」 男性の背中に顔をうずめ、叫ぶように悲願する。 「ちょ、ちょー待ちヴィシュヌ!!わいはシヴァやないって!!」 すると、抱きついていた男性が慌てて声を上げる。その声は、彼女の愛した男性の声よりも低く、独特の訛りを含んでいた。 「え?・・・・」 声を聞き、ヴィシュヌは男性から離れた。ゆっくりと顔を上げた先にいたのは・・・ 「インドラ・・・さん?」 そこにいたのはブラフマーの師でもあるインドラ。彼は少し困ったような顔をして頷いた。 「あ〜、わいも髪黒いし・・・間違えてもぉたんやな」 苦笑して、彼女の頬を濡らしている雫を拭う。 「ほれ、泣かんときて・・・別嬪さんが台無しやで?」 今度はにこっと笑い、彼女の頭を撫でた。すると、今度はヴィシュヌの方が驚いた顔をして。 「え?・・・俺・・・泣いて・・・・る?」 自分が流した涙を信じられないと言った感じで目をこする。すると、その手をやんわりと止められ、 「あ〜あ、こすったらあかんて・・・わいハンカチ持ってへんからこれで我慢してな?」 と、コートの袖で彼女の頬を拭った。 「・・・・・・でも・・俺・・・・」 頬の涙を拭いてもらって、少し落ち着いたヴィシュヌは、まだ信じられないと言った顔をしながら口を開いた。 「ん?なんや?」 「涙を流す機能なんて・・・付いてないと思ってました・・・」 真顔でそういってくる彼女に、インドラは苦笑した。 「まぁ、今まで泣いたこと無かったんやもんなぁ・・・・・」 そういって彼女の頭をぽんぽんっとたたく。 「けんどな、ユーマはお前さんにもちゃんと泣く機能。付けとったんやで?」 ウィンクをしてニッと笑う。何故そんなことを知っているのかと一瞬疑問に思ったが、彼は元々情報収集が得意だということを思い出し自分の事もすでに調べてあるのだろうと納得する。 「じゃぁ・・・・じゃあ!何であの時泣けなかったの!?」 俯き、声を張り上げる。 「あの日!あの時!!彼は俺の前からいなくなってしまったのに!!何で俺は泣けなかったの!?俺は・・・俺は・・・」 インドラのコートを掴み、揺さぶりながら叫ぶ。はっきりいって、八つ当たりと言う行為だったが、インドラは彼女の肩に手を置き、優しく背中をあやすようにさする。 「・・・その辺はわいにはわからへん・・・・けどな・・・・大切な人を失ったっちゅう、その悲しさはわかるで?」 背をさすりながら言ったその声は、いつもの彼からは信じられないような・・・悲しみを含んだ声色だった。 「多分・・・お前さんの場合、ショックがでかすぎたんやろな・・・度が過ぎた感情は心を壊してしまう・・・多分、そん時にお前さんが泣けんかったんは、悲しすぎたからや・・・」 背をさする彼の手が優し過ぎて・・・彼女の瞳からはまた涙が溢れ出し・・・インドラは何も言わず、泣き続ける彼女を優しく抱きしめた・・・ 「・・・・・ごめんなさい、いきなり抱きついたり・・・泣き出したりして・・・」 ようやく涙がおさまり、落ち着いたヴィシュヌはぎこちなくではあるがインドラに微笑みかけた。 「気にせんとき♪」 そんな彼女の頭を撫で、インドラも微笑み返す。 「じゃあ、俺。戻らないと・・・本部に連絡入れなくちゃならないし・・・おじいさんたちもきっと心配してる・・」 そう言って元来た道を戻ろうとした彼女だが・・・・ 「あ・・・あれ?」 「おっと」 一瞬だけ目の前が白くなり倒れそうになる。そんな彼女の体をインドラが受け止めた。 「・・・大丈夫かいな・・・」 「・・・だ・・・大丈夫です、ちょっと目眩がしただけで・・・・」 心配そうに覗き込むインドラに、ヴィシュヌは心配をかけまいと微笑みかける。だが、インドラはそんな彼女の顔をじっと見て・・・ 「・・・どこが大丈夫やねん、顔色めっちゃ悪いやないか・・・」 といって彼女に背を向けてしゃがみこむ。 「?・・・どうしたんですか?」 「どうしたやないで・・・連れてったるさかいにほれ、はよおぶさり」 両腕を後ろにまわし、しゃがんだ状態で彼女を呼ぶ。つまり・・・ 「おぶさりって・・・『おんぶ』ですか!?」 今更ながらに驚きの声を上げる彼女に、インドラは苦笑する。 「えっいっいっいいですよ!そんな!!」 「あんま興奮するとまた倒れんで?ほれ、遠慮せんと」 「でっでも・・・・」 「はよ戻らんとあのじいちゃんとばあちゃん心配するで?」 しばらく口論した結果・・・ 「結局こうなっちゃうんですね・・・・」 と、ヴィシュヌはインドラの背に体を預けた状態でため息をついた。 「けが人は甘えとったらええんやって♪・・・・なぁヴィシュヌ・・・」 はじめは明るい声だったのに、急に声色が変わり驚いて返事をする。 「・・・・なんですか?」 「・・・大切な人がおらんくなってもて悲しい気持ちはわいもよぉわかる・・・けんどな・・・今のお前さんはもう『1人』やないんや・・・そのこと忘れたあかんで?」 そう言われ、はじめ自分が何を言って彼に抱きついたのか思い出す。 「お前さんの事心配しとる奴、ようさんおんねんから・・・もう、あんなこと言うたらあかんで?」 今度は先ほどの悲しみを含んだ言い方とは違い、優しくたしなめるような言い方で・・・ 「・・・はい・・・・ごめんなさい・・・・」 素直に謝罪の言葉が出てきた。 「・・・なんだかインドラさん・・・お父さんみたい・・・」 「・・さよか・・・おおきに」 大きく温かな背に揺られ、夢見ごごちで呟いた言葉に、インドラは微笑んだ。 あの事件から数ヶ月、俺達のボディの治療もようやく終わり、今は普通にベースの仲間とともに任務をこなしている。 今では、あのときの出来事全て夢だったんじゃないかと思えるくらい・・・皆もとの生活に戻ってる・・ 俺自身、何事もなかったかのように過ごしてはいるけど・・・あの子の・・・ゼウス最後が今も俺の頭の中で鮮明に繰り返されることがある・・・・ 本当に・・・あんな終わり方しか出来なかったのだろうか・・・他に、もっと良い方法があったのではないか・・・そんなことを考えてしまう・・・終わったことを悔やんでも仕方がないのに・・・ 「・・・ヴィシュヌさん?・・・どうかしたんですか?」 部屋に入ってきたクロード君が心配そうに俺の名を呼ぶ。 「あ、クロード君・・・ううん、なんでもないよ。ごめんね、忙しいのに・・・」 「いえ・・・」 少し顔を赤らめて首を横に振ってくれる彼を愛しいと思うようになったのはいつからだろう・・・ 俺は今日、彼に全てを話そうと思う・・・今まで内に秘めてきた秘密も、想いも、全て・・・ 彼に座るよう勧めて、俺もテーブルを挟んで彼の向かい側に腰掛ける。 心の準備は出来ている。たとえ、全てを話して嫌われても、何もしないでいるよりはずっとましだから・・・ 「あのね、クロード君・・・君に聞いてもらいたいことがあるんだ」 END |
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