師弟
とあるスラム街の端っこ、そこには小さな診療所がある。診療所は住宅街とは少し離れた場所にあり、天然ではないが植物も植えてある。まさに癒しの場所。 そんな場所の、裏庭にある一本の木の上で静かに寝息を立てる男が一人・・・ 「お師匠様!!」 青年が大きな木の下から上を見上げて叫ぶ。木の上で昼寝をしていた男に向けての叫び声だったのだが、男はまったくその声が聞こえていないように惰眠を貪っていた。 「お師匠様!!今日は午後から稽古をつけてくれるって約束だったじゃないですか!!もう3時まわってますよ!!」 また青年は叫ぶ・・・だが、相変わらず男は木の上・・・ 「お師匠様!!!〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・おらぁ!!!」 ダンッ!!! 痺れを切らした青年は木を思い切り蹴飛ばす、すると・・・ ズザザザッ!!・・・・・・ 青年は目を閉じ耳をふさいで、落下音がするのを待った。だが、 「・・・あ・・・あれ?」 葉の擦れる音と、次に来るはずの、どさっ!!という音がしなかった事に疑問を抱き、ゆっくりと目を開ける。 「お・・お師匠様・・・?」 上から落ちてきたはずの師匠の姿が見当たらず、少し困惑した表情になる青年。 「何しとんねんわれぇ・・・・」 「うぎゃぁ!!!」 どうしよう・・・と思い始めていたところに、後ろから・・・しかも耳元に師匠の怨めしそうな声が聞こえて、悲鳴を上げながら瞬間的に跳び退る。 「お前さん・・・もうちょいましな起こしかたないんかい・・・」 青年の後ろに立っていたのは黒髪の男。彼は大きくあくびをした後、首に手を当てコキコキと鳴らすように動かす。 「お、お師匠様が約束守ってくれないからじゃないですか!!」 激しく動揺しているのを必死に抑えて言い返す青年、男はそれを気にも留めずにシガレットケースから煙草を取り出そうとした。 「・・・お?・・・」 「?・・・どうしたんですか?」 ケースから、いつもならなれた手つきで煙草を取り出し火をつける彼が、今は何かに気がついた様子で動きが止まる。 「・・・煙草切らしとった☆」 てへっ☆といった感じで答えられ、青年は心底嫌そうな顔をした。 「またですかぁ?ついこの間買ったばかりじゃ・・・・」 「4箱なんぞ1日で無くなるわい」 てか早すぎ!! 「・・・お師匠様は吸いすぎです!・・・俺でさえ一日2箱なんですから」 ・・・いや、それも十分吸いすぎだろうと言う突っ込みを入れるものは、幸い(?)にもこの場にいなかったが、青年は頭に手を当ててあきれたように言う。 その様子を見ていた男は、青年の顔を見てにやりと笑った。 「!?・・・なんすか?」 青年はその笑みに身の危険を感じ数歩あとずさる。 「お前さん、稽古したい言うとったなぁ?」 だが、男はじりじりと青年を追い詰める。 「い、いいいいいいい言いましたけど・・・」 冷や汗をだらだらと流しながら答える青年から目をそらすことなく・・・と言ってもいつも『ニコ目』なので瞳が見えるわけではないのだが・・・男はゆっくりと街中を指差し、 「10カートン、10分以内に買って来い(はぁと)」 まるで子供に微笑みかけるように爽やかな笑顔で言ってのけた男の言葉に、青年の思考(回路)が一瞬にしてフリーズする。 「・・・・・ってぇ!!師匠様の吸ってるタバコ、ここから正反対の町の端っこの雑貨屋にしか売ってないじゃないっすか!!」 「ほれほれぇ、そないな事言うとるまーに時間はどんどん過ぎてくでぇ」 「も始まってるんっすかぁ!?・・・・・」 走り出そうとして、何かに気が付いたのか、青年は走る体制のまま顔だけ男の方へ向けて、 「・・・ところで・・・もし間に合わなかったら・・・」 「一週間電気風呂♪」 「いっ行って来ますぅぅぅぅ!!!!!!」 これまた爽やかな笑みのまま言う男に、青年の顔は青ざめ、涙目になりながら走っていった。そしてとどめに・・・ 「チェイサーに乗ってったら5分マイナスやでぇ!!」 「まじっすかぁ!?」 悲鳴に近い青年の声が遠ざかっていくなか、男は先ほどの笑みとは違う・・・まるで親が子を見守っているような優しい微笑みをこぼした。 「まぁったく、ドラちゃんもちゃんと稽古してあげれば良いのに・・・」 外で騒いでいる二人の様子を、診療所の一室から見ていた女性がテーブルに頬杖をついていった。その様子を隣で見ていた男性は女性のそんな言葉に苦笑して、 「だが、あれもあいつなりの訓練の仕方なのだろう・・・」 「・・・どこが?」 「レプリロイドとはいえ、人口筋肉が使われている以上、日々の訓練は欠かせないものだ。少しでもトレーニングを怠れば・・・日々の生活は別として、筋肉が使い物にならなくなることくらい・・・私よりお前の方がわかっているだろう?」 「まぁ・・・ね。でも、それとこれとどういう関係があるの?」 「街中を走ると言うことは、その分周りにも注意せねばならんだろう?街はグラウンドのように障害物が何もないわけじゃない、止まっている物、動く物、人、車、動物、障害となるものはいくらでもある・・・曲がり角から突然飛び出してきたりする者だっているだろう?」 「うん、それで?」 「あいつは彼に街中を全力疾走させることで、『持久力』『洞察力』『瞬発力』『反応力』を鍛えていると言うわけだ・・・」 「・・・ほんとにぃ?実は煙草買いに行くのが面倒くさいからじゃないのぉ?」 聞いていた説明を疑うようにテーブルのゴロンと上半身を預け、女性は悪戯な笑み雄浮かべて聞き返す。それを見て、男性はまた苦笑すると、窓の外に視線をやり、 「・・・インドラの吸ってる煙草・・・今までと違うだろ?」 「え?・・・あ・・・そういえば・・・・」 「あいつ、これをブラフマー君にやらせるためにわざわざ自分の吸っている煙草を変えたんだ。街の端の雑貨屋にしか売っていない煙草にな・・・本当はもっとキツイやつが好きなのに・・・おかげで、一日に吸う本数が増えてしまったようだがな」 やれやれと言った感じに肩をすくませる、そんな様子に女性は微笑み外を眺めながら、 「なんだかんだ言って、ちゃんとお父さんしてるのねぇ・・・にしても、アッ君よくそんなことわかったわねぇ?」 とまた男性の方を見てニヤリと笑う。何か別の意味を含んだ物の言い方に、男性は女性の顔を見て彼女の言わんとしている事を悟り、慌てて顔を窓の外に向けた。 「・・・ま、まぁ、やつとは共に行動する事が多かったからな・・・さて、ブラフマー君が帰ってきたら、お茶にするか?」 話をそらすようにそう微笑んだ男性に、女性は子供のような笑みで聞く。 「今日のおやつはなぁに?」 「今日は久しぶりに洋梨のタルトを作ってみた、結構うまく出来たと思うぞ?」 「わぁい♪私アッ君のタルト好き〜Vvブラちゃん早く帰ってこないかなぁ〜♪」 そんな女性の様子に男性は優しい微笑を浮かべると、お茶の準備をはじめた。 FIN |
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後書き 今更ですが・・・レプリロイドってどういう作りしてんだろ(苦笑) いや、まぁ・・・毎回の事ですがツッコミどころ満載で・・・(ーー; このころはまだブラフマー関西弁じゃないです。 ちなみに『カートン』とは煙草を箱買いする時の単位です 1カートンに10個入っているんですが・・・ 10カートンって・・・買いすぎだろ(苦笑) |