RU−LE



am:11:04 ルーラは苛立っている?

 

 かつかつと、わざわざ鳴らして歩くほどには高さのないヒールの底を床に叩きつけて歩いていく。

 リノリウム張りの床とはいえど、ルーラのブーツの裏には衝撃吸収と滑り止めのために特殊ゴムを貼りつけてある。なので滅多なことでは彼女のかかとの音は鳴らない。

 ――というか、鳴らすことが出来る構造のブーツではないのだが、そんなブーツの構造を無視して彼女は廊下を進んでいた。

 誤って滑ってこけるなどみっともないと自分で貼ったゴムだったが、そんな自分の行動さえ苛立たしい。鳴らして歩く事の出来ないヒールなど、あっても全く意味がない!!

(おまけに濡れてる床の上じゃキュッキュキュッキュと耳障りな音立てるし……)

 ルーラが苛立っている原因は同期の、つまり新任のオペレーターの立て続けのミスの所為なのだが、他人ばかりに腹を立てるより自らのブーツについて考えた方がましだと電子の通る賢いオツムは弾き出したのだ。

 それは全く正しいことで。

 他人への怒りの感情を反復して、自分の役に立つ事などあるわけがない。

 電子の波はそう判断する。それが間違うことなどない。

 よしんば間違っていた所でそれを改めるつもりも悔いるつもりも彼女にはなかった。

(こういうのって、どうなのかしらね。イレギュラーとどう違うのかしら)

 苛立ち紛れに思考がやけくそになる。

 彼らと自分を分けるものなど何もない。正義だ悪だの倫理を自分たちに問うつもりもない。

 人間とは違い、レプリロイドにある物は硬い身体と結果のみ。過程はなきに等しいのだ。

 勿論学ぶべきものはメモリーに蓄積されていくし、そういう意味では過程という事実を利用しているわけだが、それが理由になるはずもなく、従うべき信号に従う身体があるだけ。

(まあいいわよ。私はやる事をやるだけよ)

 その信号は兄と同じ物。

 ルーラは簡単に結論を出し、それに軽く満足すると、もう軽くなった足取りで閉じたドアの前に立ち止まった。もう苛立ちは収まっている。

 ピンと人差し指を伸ばしてドアの開閉ボタンをプッシュする。

 さっと左右に割れた四角い金属の塊の間をすり抜けてルーラは颯爽と部屋の中に入った。



am:11:10 ユーマは困惑しているかもしれない。

 

 自分の背後で閉まったドアは、廊下から見るとハンターペース基地内のどこでも見れる角ばった書体でこう書いてある。

《研究室》

「ユーマさん!! エレメントチップを持ってきました。いらっしゃらないんですか?」

 ルーラはざっと部屋の中を見回して声を出してみた。ついでにこの部屋から入れるいくつかの処置室を覗き込む。考えたくもないが、その部屋で兄とユーマが二人っきりでいるかもしれない。

「ドク…じゃなくてユーマさん?」

 部屋の奥まった部分にある衝立ての影に映った人物に眉がけわしくなる。

 歩幅を広げて衝立に近づくと、予想外の顔がひょっこりと出てきてルーラを見つめた。

「あら、ルーラ」

 紛れもなくルーラの先輩のエイリアだった。椅子に座ったままの体勢でこちらを見ているのか、衝立の脇から出た頭はやや低い位置にあった。

「…行儀が悪いですよ」

 ぎょっとした表情のままそう言うと、エイリアは苦笑して「そうね」と顔を衝立の陰へ引っ込めた。彼女が少し自分の事を苦手としていることは知っていた。率直な物言いのせいだろう。

 衝立の奥に入ったものか少し迷っていると、軽くそれが動いて、中から部屋の主――ユーマが出てきた。

「どうした?」

 こちらがさっき声を張り上げたのが聞こえなかったのだろうか、相手に好印象を持っていないとその程度のことでさえいちいち苛つく。

「このチップを届けるようにと」

 言葉みじかに用件を伝えると、ケースに入ったチップをあくまで事務的に手渡した。公私混同をする気はない。

「何?それ?」

「新しいチップ?」

 唐突に、ユーマの背後から二人ほど生える。ハンターのエックスと、同じく、その妹のマリア。

「いや、逆だ。20年ほど前にスタンダートだったやつだよ。シンプルで使い勝手が良かったんだが、あまり一般向けじゃなかったんでなかなかなくってな。これに似た奴を作ろうと思って探してもらってたんだ」

 ユーマは、どちらかと言うと見慣れないものに好奇心を刺激されたマリアに説明すると、受け取ったチップを近くの棚に置いた。

「ありがとう、ルーラ。少し休んでくか?」

 軽く衝立の向こうを示され、頷く。認めるのは癪だが、ここにいると、兄と喋る機会が増えるのだ。

 衝立をくぐると、結構な人数がそこにいた。呆れた心地でうめく。

「……皆、仕事はどうしたんですか……」

 人の事は言えないが、オペレーターのエイリアに始まって、ハンターのエックスとマリア、もう一人のマリアの兄・ゼロ、ユーマに自らの兄の螺旋、それにハンターベースの総指揮官・シグナスまで!!

「あは」

 誤魔化すように手に持ったカップに顔をうずめるエイリア。

「えへへ…ちょっと休憩…」

「あっ、俺達はちょっと受け取りに来たものがあって、ねえゼロ?」

「いいだろ、ちょっとサボるくらい」

 それぞれ、ばつが悪そうな表情でハンターの有名どころの兄妹たち。

「今日は休暇だ」

「私は……ええと…」

 いつでも堂々としているシグナス総監はこんな時も堂々としているし(休暇だというのに、この人はこんなとこで何やっているんだろう)、ごつい身体に似合わずごそごそと言葉尻を濁す螺旋。

「……正直、仕事にならなくて困ってる。こうなれば6人いようが7人いようが同じだ」

 最後に、額に手を当てて嘆息するユーマ。

 カップを手渡され、ルーラは座る席がないか見回した。頑丈に出来た硬そうなソファーの端に座っている兄が目に付く。

「失礼。兄様」

 肘置きに腰を下ろして螺旋にもたれる。途端感じる安心感に笑みをこぼした。

「判ってます。メンテナンス、ですよね」

 自分たち兄妹……正しくは他にもいるのだが、とにかく、このユーマから生み出されたレプリノイドというのは総じてやたらと一般規格とは違うものが使われており、その部品を生産していた会社が潰れたことにより、ユーマの手でメンテナンス――整備が行われている。

 それだけでいつもいつも暇があるとはユーマのもとに螺旋が通っていると間抜けたことを思っているわけはないが、そう言っておく。それが一番いいからだ。

「…そういえば、ルーラ、その靴、かかとが高くて不便じゃない? こういうの履かないの?」

「履きません」

 恐々と――何を恐れているのか――こちらを伺うように自分の靴を指差して言うマリアに即答する。

「なんで?」

「気に入ってるからよ」

 それだけを言ってぐいっとカップを煽る。

「ごちそうさまでした」

 タンッとテーブルの上にカップを置くと、勢いをつけて立ち上がった。

「さっ、もう休憩時間は終わり。持ち場に戻りますよ?」

 兄の手を引いて立ち上がらせ、その他諸々を追い立てて、廊下へたたき出す。

「はい、シグナス総監も、休暇中でも人の仕事の邪魔はやめましょう」

「確か、エックス隊長とゼロ隊長はこれからウィルド達に訓練をつけるんじゃなかったんですか?」 

 あるものは肩をすくめ、あるものは苦笑してぞろぞろと持ち場に戻っていく。

 最後に自分の兄が廊下を曲がったのを見送って、ルーラはオペレータールームへ向かった。



am:11:23 静かな部屋で一人笑うのは、

 

 先刻までの賑々しさが嘘のように静まり返った部屋にユーマの声が響く。

「やはり、ルーラの一声が一番効果があるな」

 可笑しそうに言って、しばらくしてまた誰かがユーマの研究の邪魔をしに来る前に、渡されたチップの解体にかかった。

 廊下から、ヒールの鳴る音は聞こえてこない。



<FIN>



感想

新しいキャラを作ろうと思っていたときに、友達のえーさんに『こんな感じのキャラの小説、書いてみて〜☆』とおねだりして書いてもらいました(爆)

大体キャライメージは決まっていたんですが、こういうタイプの子、書いたことがなかったのでかなり新鮮な感じですぅ・・・

ロックマンをほとんど知らない君に無理言ってごめんよぉm(;∇;)m

でもちゃんと書いてくれてありがぁ(タメ)・・・とうっ!!\(^◇^)/

ただ・・・これから私はこの子を書いていけるのかが不安ですなり(^◇^;)





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