向日葵の傍で

 

 

 視界一面に草木の広がる深い森の中に、一本の道があった。

 深い森と言っても、一般的に見られるものよりも大きく成長した大木が、ある程度距離のある間感覚を保ちながら聳え、辛うじて「森」と言えるような、どちらかと言うと「草原」に近い場所であった。延々と続く長い道は、ただ地面の草が刈られているというだけの単純なものだったが、のんびりと歩くには十分過ぎる程のがある。

 一本一本の樹が離れた位置で育っている為に、照りつける夏の陽光は容赦無く地表に降り注がれ、至って平坦な大地に絨毯の如く敷き詰められた背丈の低い草達が、身に纏っている昨夜の雨の名残である水滴に反射して輝きを増していた。

 僅かに吹き抜ける風に靡く木の葉は皆不思議な色をしている。緑ではなく、限り無く透き通った鮮やかな青色をしていた。葉の表面に陽光が反射して生まれる無数の淡い光が宙に漂うその様は、まるで透明度の高い湖の底であるかのような光景であった。

 

 至って明るい森の中に、二種類の足音が響く。

 一つは、何か硬度のある鋭いものが、砂を抉り取るかのような重い足音。恐らく、大型の猛獣の爪が地面を削る音であろう。そしてもう一つは、軽快な感じではあるがどこかリズム感の悪い、靴底が地面に擦れる音・・・すなわち人間の足音である。

「っかぁ〜、もう・・・あぢー!」

 唐突に、間の抜けた声が上がる。

 声の主は、一人の若い人間であった。歳の頃は、十代半ばといった所だろう。無造作に跳ねている茶色の髪の下に見える表情は少々幼さを残してはいるが、目鼻立ちの整った精悍な顔つきをしている。ただ、今は炎天下の中歩き続けている事による疲労と、大量の汗で歪んでしまっていた。

「まっっったく暑いぜ・・・こうも暑いと、ホントに干乾びちまいそうだ・・・」

 少年はぼやき、大きく溜息を吐きながら頬を流れ落ちる汗を拭い取り、軽く頭を振る。その頬には、何かの文様のような青紫色のタトゥーが施されていた。

 彼の隣には、一頭の赤黒い大型の狼らしき獣がゆっくりとした動きで歩いていたが、その獣もまた暑さに負けてだらしなく舌を出し、首も力が入らないのであろう、限り無く地面に近い位置まで垂れ下がってしまっている。

「・・・・・・。おーい託燈(たくひ)ぃ〜、大丈夫かお前?」

 普段の威厳など微塵も感じられない相方を見兼ねた少年が傍に寄り、彼のフサフサした毛並みを優しく撫で下ろす。こうも毛むくじゃらだと暑くない方がおかしいよな・・・と苦笑いする少年に対し、

「・・・・・・死二ソウ、デス・・・・・・」

 託燈と呼ばれた狼はかすれた声で、辛うじてそう答えた。これは相当辛そうだ。

「ハハ、やっぱりな・・・無理もないさ、この暑さじゃ・・・。よしっ待ってな、今そこの涌き水くんできてやるから」

 そう言って、担いでいたバックの中から一本のボトルを手際良く取り出す。こんな辺鄙な場所で倒れられても困るし、自分がぶっ倒れるのもゴメンだと、そこら中に存在している新鮮な涌き水の溜まった小さな泉を目指した。

 

 ――と。

「・・・・・・・・・・・・ん?」

 コポコポと微かな音を立てて涌き出てくる源泉を前に、少年は己の動きを一瞬止めた。

 自分の周囲を取り巻く不思議な気配に気付き、何気なく顔を上げてみる。すると、ある光景が視界に飛び込んできた。

 その場所は、今まで見てきた森の風景とは明らかに違っており、他の場所よりも周囲の木々がただ一箇所に密集している様がありありとわかる。生い茂る木の葉で遮られている筈の日光が僅かな葉の隙間を通り抜け、太い一本の光線となって集中的に大地を照らし上げていた。その光の中心には、自分よりも少し背丈の高い一つの影が微かに見える。遠くからでは、いくら視力が良い少年と言えど強烈な陽光で遮られ、その影の正体を見極める事はできなかった。

 好奇心と警戒心が入り混じる中、彼はゆっくりとその光の中心へと近付いていく。不思議と、距離を縮める度に心が落ち着き、体から疲れが抜けていく感覚が全身を駆け巡っていた。

 何故、こんなにも心地良いのだろう・・・。不思議に思いながらも、彼は自分でも気付かぬ内に光の中へと入り、何かに導かれるようにして歩を進めていく。そして、光の中心へと辿り着いた彼は、そこであるものを見つけた。

「・・・これは・・・」

 その場所にあった、恐らく影の正体であろう物体を前に、少年は立ち尽くして思わず暫くの間それに見惚れてしまっていた。少し見上げるほどの高さがあり、太い茎に別の植物のツルが巻き付いている、一本の花。大きな葉を付け、黄色の花びらを重たそうなほどに揺らしているその植物には、見覚えがあった。いやむしろ、世間では知らない者は殆ど居ないであろう。

 

 それは、向日葵であった。

 とは言うものの、一般的な花屋等で見掛ける向日葵より一回りも二回りも大きく、茎も丈夫そうで花びらの枚数も普通より明らかに多い。一般家庭での庭などで育てられるものとは違い、広い自然界で伸び伸びと生を受けた花は育ち方が違うのだろう。

「こいつは驚いた・・・あの噂は本当だったのか」

 思わず笑みを漏らし、自分の腕よりも太い向日葵の茎にそっと触れてみる。まるで一本の樹木のような堅さがある茎の内側で、大地に染み込む源泉の澄んだ水を少しずつ吸い上げていく花の鼓動を感じたような気がした。

「・・・ハルト様・・・?」

 ふと、自然界の温もりに身を委ねていた少年に、背後から声が掛かる。自分の名を呼ぶ聞き覚えのあるその声は、先ほど聞いたものよりもいささか落ち着きがあり、発音も安定していた。

「よぉ相棒、具合はどうだい?」

 薄く微笑み、振り返らずに自分の後ろにいるであろう狼に、少年がわざとらしく言った。

「何故か、先ほどよりも少し楽です。・・・この向日葵は?」

「・・・さっきの街でちょっとした噂を聞いたんだ。この森の何処かには、長い間季節に関係無く咲き続けている癒しの花があるってね」

癒しの花・・・ですか」

「そうさ。普通よりも育つスピードは遅いけど、少しずつ時間を掛けて何年も前からずっと成長し続けているその花には、周囲を癒す不思議な力がある・・・お前も感じたからここに来たんだろ?この向日葵から発せられる優しい気配をさ」

 笑みを浮かべながら問う少年に対し、狼は薄く口元を歪めて頷く。

「実際、こんなに集中的に日光が当たっているのに、この場所はちっとも暑くない。むしろ、ちょっと肌寒いくらいだ。それに・・・」

 言い掛けて、彼の言葉が一瞬止まった。背後に居た狼が、自分の足元に己の大きな体を寄せてその場に伏せたからだ。僅かに露出している脹脛に柔らかい体毛が当たってこそばゆかったが、それ以上に毛の感触が心地良かった。

 クスッと笑い、そのまま言葉を続ける。

「・・・なんだか・・・すごく、懐かしい感じがする。この場所・・・」

 小さな声で呟き、目を閉じた。大きく深呼吸をしてみると、森の新鮮な空気を吸い込むと同時に爽やかな花の香りが鼻孔をくすぐる。

 向日葵が放つ不思議な気配を全身に感じながら、疲れきった体をその場に横たえた狼が大きくあくびをしてみせる。瞼を半開きさせている様子から察するに、どうやら急激に睡魔が襲ってきたようであった。

 

「・・・そんじゃ、ちょっくら俺達も心と体を癒してもらいますかね」

 満面の笑みを浮かべ、少年が静かに言った。もう一度だけ茎の部分に触れると、溜まった旅の疲れを癒す為に自分もその場に座り込み、荷物を下ろす。既に眠りの世界へ落ちてしまっている狼の体に己の身を預け、ゆっくりと目を閉じた。

 半日ずっと歩き続けであった彼が完全に眠りに落ちるのは、もはや時間の問題であった。



<FIN>









感想

橋本様に暑中お見舞いのイラストと共にいただいた小説ですよー!!

ファンタジーな世界に出てくるハルト君とタクちゃん。ナチュラルにいい感じですよう!!

そして、このお話をいただいて、私は一人違う意味で喜んでおりました(^^;

実は向日葵って私の誕生花なんですよね♪『8月の』でもありますが、『8月15日の』でもあるんですよ!

だからもううれしゅうてうれしゅうて(笑)本当にありがとうございました!!!





novel

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理