特別な日

 

 

 

外は、既に闇一色であった。

 その日の天気は晴れであった事にも従って、薄く漂うだけの雲の隙間からは美しい星空が見渡せ、暫くの間は曇りの日が続いていた為に見る事のできなかった月がひょっこり顔を出している。綺麗な三日月だった。

 時刻は既に午前2時を回っているにも関わらず、街はネオンの光が満ち溢れ、外は至って賑やかと言ってもいい。そんな中、都市の中心的建物とも言えるここ、イレギュラーハンターギリシア支部のベース内もまた、騒々しいほどの活気に満ち溢れていた。

 とは言っても、賑やかしいのは建物内の一部屋、司令室だけである。他の部屋及び廊下、居住区等は通常通り静寂に包まれており、その司令室内の賑やかさも扉が閉まっている為に外へ漏れる事もなく、一見すれば何ら普段と変わりない静かな夜だった。

 

ガチャンッ!

 

時折、小さくも派手に響く物音が室内に響き渡り、その度に押し殺したような声で物音を立てた人物に何処からともなく罵声が浴びせられる。

 

「おい、気をつけろよ!外に聞こえるぞ!」

 

「あ、ああ・・・悪い」

 

 恐らくベースの隊員であろう男が何やら大きなダンボール箱を抱えたまま、持っていた荷物をうっかり落としてしまった同僚の隊員に向かい小声で怒鳴る。賑やかしいと言っても、室内に居る者達は皆なるべく物音をたてないよう注意し、最低限の会話を除いてはただ黙々と何かの作業をしているような状態である。

 ・・・とまぁ、先ほどから司令室内のあちこちでこのような会話が繰り返されているわけなのだが。

 

「よっと・・・あのー、これは何処に持っていけば?」

 

 相変わらずの小声で、大きな荷物を軽々と担ぎ上げた青髪の少年が、室内の中心から作業を行っている者達に指示を出している一人の女性に向かい問うた。

 

「あ、それは向こうで作業してる人達に渡してちょうだい」

 

「了解!」

 

 快活に返事を返すと、少年は指示された通りの場所へ荷物を持っていく。

 

「すまないわね、クロスくん・・・急な話で」

 

 短く青黒い髪を揺らすその女性は、他に作業を手伝っている隊員達よりも懸命な働きを見せる少年に対し、多少申し訳なさそうに言った。クロスと呼ばれた少年は荷物を別の隊員に渡し、振りかえると同時に爽やかな笑みを作って見せる。

 

「気にする事ないですよミスティルさん!それに、何と言っても兄さんの為だしね♪」

 

 心底嬉しそうに返事を返すクロスに対し、彼にミスティルと呼ばれたその女性はニッコリと優しく微笑む。

 

「・・・おいおい姉貴〜、こっちには気遣い無しかよぉ」

 

 ふと、二人のやりとりを遠巻きに見ながら作業の手伝いをしていた茶髪の少年が、明らかに不機嫌な声で恨めしそうに呟いてみせる。恐らくクロスと同年代であろうその少年の隣には、大型の赤黒い一頭のウルフロイドが控えていた。そしてそのウルフロイドもまた、手提付きの袋に入れられた沢山の荷物をブスッとした表情で咥えている。

 

「あらハルト、私が最初にギリシアに飛ぶって言った時に同行を申し出たのは何処の誰かしら?」

 

「ぐっ・・・!そ、そっちが事情聞いても説明してくれねーからだろ!?こんな事するって知ってたらオレだってついてくなんて言わねーっての!!」

 

 できるだけ声を押し殺し、代わりに身体動作と気迫で威嚇しながらミスティルに食って掛かるその少年、ハルト。ギリシア支部所属のハンターであるクロス達とは違い、彼は本来日本支部に所属している筈のハンターなのだが、同じベースに居る義姉(ミスティル)が突然ギリシアへ行くと聞いた時、彼女の様子が普段と異なっていた事に疑問を感じ、少々心配になって相棒のウルフロイドであるタクヒと共に同行する事になり現在に至る。

 が、その理由が予想していたものとあまりにも異なっていた為に、不満の色が隠せずにいる様子である。「心配して損したぜ・・・」と呟きつつ、開き直ったのかそれ以上反発する事なく再び作業を再開するハルトの後を、やんわりとした足取りでタクヒが追った。

 そんな彼等に苦笑いを浮かべるクロスと、周囲に居た職員達。

 

「さてと・・・早い所終わらせましょう、間に合わなくなるわ」

 

 一つ浅い溜息を吐くと、気を引き締め直してミスティルが言う。彼女の声を合図に、一旦止まっていた職員達の手が再び動き出し、司令室内はまた慌ただしい空気に包まれた。

 ふと、ほんの一瞬だけミスティルの口元が歪む。

 

「くれぐれも、に気付かれないように・・・ね」

 

 

 

 

 

―― 数時間後、午前8時。

 

 外はすっかり日が昇りきり、空は快晴であった。

 明るくなった街の中は、夜とはまた違う印象で賑やかしく、既に路上は行き交う人々で埋もれてしまっていた。時間帯的に交通量も激しく、時折車道から聞こえてくるクラクションの音がやたらと耳につく。

 随分と徘徊し難くなっている街中を、一際目に付く一人の人物が歩いていた。

 まるで炎を思わせるかのような赤い髪と、金色の瞳が印象的である長身で体格の良い男性・・・イレギュラーハンターギリシア支部の総指揮官を務めるアポロ=ソーテリアである。

 

「・・・全く・・・一体何だと言うのだ・・・」

 

 唐突にボソリと呟いてみる。その表情は何とも複雑なもので、一見怒っているようにも見受けられるが、どちらかというと「不思議で仕方が無い」といった感じであった。

 それもそのはず、本来ならば今はベース内で仕事をしている筈の時間帯なのだが、何故か早朝、部下の数名から司令室へ向かう事を引き止められたのである。彼等は、現在室内を改装中と話していたが、今はそんな時期でもないし、そのような事を聞いた覚えも無かったのだ。

 そうして、わけもわからぬままに臨時休暇をもらい、ベースの外へと弾き出されてしまったというわけである。

 

「・・・やはり、一度戻った方が良くはないか?」

 

 未だに少なからず困惑している頭を押さえつつ、自分自身に言い聞かせるように独り言を発する。半ばベースから追い出されるようにして仕方なく街へ来たとはいえ、やはりあの隊員達の不可解な言動と態度は気になる。ベース内の雰囲気も少なからず普段と異なっているように感じたのも、恐らく気のせいではなかったのだろう。

 それを認識した途端、突発的にアポロの中で「心配」と「不安」が生まれる。

 ―― と、

 

「ア〜ポロッ!」

 

 不意に、彼の背後から一人の男が近付き、明るく声を掛けた。・・・が、深刻(?)に考え事をしている為か、普段から聞きなれているはずのその声は今の彼には届かなかったようで。

 

「・・・・・・・・・・・・。」

 

「・・・・・・ア〜ポ〜ロッ!!」

 

パシッ

 

「〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!???」

 

 男はもう一度声のボリュームを上げて名を呼び、軽く彼の肩を叩いてみる。その一発で我に返ったのだろう、声にならない悲鳴を上げて体を多少強張らせながら勢い良く振り返る。・・・が、その場に居た人物を確認した途端、緊張が一気に抜けていくのがわかった。何故なら、

 

「い・・・インドラ!?」

 

「よぉ♪珍しいなぁ、お前さんがわいの気配に気付かへんなんて」

 

 愛想の良い笑みを浮かべたその人物は、紛れもなく自分のパートナーであるインドラその人であった。予想外の不意打ちに少々呆気に取られたが、それが普段から行動を共にする自分の信頼している人物だという事に安心感を覚え、苦笑いを浮かべた。

 

「あ、ああ、すまない・・・ちょっと考え事をしていた」

 

「ほーう、珍しいなぁ。・・・何か悩みでもあるんやったら何時でも相談に乗るで?」

 

「ありがとう・・・。悩みというほどでもないのだが、実は今日・・・」

 

 今朝のハンターベース内での事をインドラに話そうとした直後、突然アポロが持っていた通信機が鳴る。

 それにハッとして、手早く本体を取り出し電源を入れて応答すると、通信機の向こうからは聞き慣れた少年の声が響いた。

 

『こちらクロス、・・・聞こえる?兄さん』

 

 恐らく本部からであろう通信を入れてきたのは、自分の末の弟であるクロスだった。だが、いつもと少なからず様子が違う事が通信機越しでも容易にわかる、何処と無く緊張しているかのような声。

 

「クロスか・・・どうした、何かあったのか?」

 

 その只ならぬ弟の様子と今朝の出来事とが重なり、また徐々に膨れ上がっていく不安。極力それを悟られまいと普通に返事を返すが、やはりどうしても心配の入り混じった声になってしまう。

 

『・・・・・・』

 

 暫く向こうの反応を待ったが、通信機の向こうのクロスは何故か沈黙を返した。

 

「・・・クロス?一体どうしたんだ?」

 

『兄さん・・・』

 

 アポロの言葉を半ば遮るように、クロスが漸くゆっくりとした口調で声を発する。

 

『・・・何も言わずに大至急ハンターベースへ来て!・・・ブツッ』

 

「え?お、おい!クロス!?クロス!!?」

 

 聞き返す暇など当然無く、クロスからの通信は一方的に切られる形となった。現状が上手く把握できずに、とりあえずその通信の様子を不思議そうに見ていたインドラと顔を見合わせる。

 

「・・・なんや、えらい深刻な事態でも起きとるみたいな感じやったけど・・・?」

 

「ああ・・・しかし仮にそうだとしたら、普通現状くらいは伝えるものだろう?それなのに・・・くそっ、今日は一体どうなっているんだっ・・・!?」

 

 苦々しい表情を浮かべて吐き捨てるように言い走り出すアポロを、インドラが追う形で二人は一先ずハンターベースへと急ぐ。

 珍しく苛立ちを隠せずにいる相方の様子を、インドラは黙ったまま普段とはどこか違う雰囲気の怪しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「・・・一体どうなっている・・・何故誰もいないんだ!?」

 

 ベース内へと入り、アポロが発した第一声がそれであった。

 今彼が居るのは一階のロビー。いつもなら必ず大勢の職員達で賑わっている場所のはずなのだが、現在はただただ静寂に包まれ、人の声はおろか物音一つしない状況。これはどう考えても只事でない。

 もしかするとイレギュラーにでも襲撃され、ベースを占拠されてしまっているのではないかという最悪の考えすら浮かんでくるほど、現在の状況は不可解そのものだった。もしそうだとしたら、先ほどのクロスからの通信が不自然に途切れたのも大体説明がつく。

 仮にもその可能性を見越して、先ほどまで同行していたインドラとは現在別行動を取っている。

 

「・・・とにかく、司令室へ急ごう」

 

 ただこの場にとどまっていても何も始まらないので、とにかく行動を起こす事にした。今朝、部下に引き止められて入る事ができなかった司令室に何かがあるのではないだろうか。

 もし本当にベースが襲撃されたのだとするならば、先ほどの通信が不自然に途切れたのは、その場に既に侵入者がいた為なのかもしれない。知らずとこみ上げてくる緊張のせいで微かに動力炉が熱くなるのを感じつつ、それなりに用心しながら歩を進めていった。

 やはり、誰も居ない。

 極力足音を立てないようにし、息を潜めて気配を絶ち切る。

 司令室の扉の前まで来ると、壁にピタリと背をつけて中の様子を伺おうと耳をすませてみる。相変わらず物音一つしない状態なのだが、いくつもの気配を感じる事から中に誰かがいる事は確かだ。

 ・・・が、いくら神経を研ぎ澄ませても感じ取れるのはただの気配のみ。戦意や殺気といったものは全く感じられず、しかもそれぞれの気配は皆感覚的に覚えのあるものばかりだった。どうやら中に居るのは敵などではなく、ベースに所属している者達らしい。

 

(私の思い違いか・・・それにしてもこの状況は一体・・・?)

 

 とりあえず襲撃されたわけではなさそうなので一旦胸を撫で下ろす。しかし、どっちにしろ司令室以外の場所に誰も居ないというのはおかしな話しである。

 

(とにかく、中へ入ってみるか・・・)

 

 壁を背に一つ小さく息を吐き、扉の開閉スイッチを押した。

 

プシュンッ

 

 それなりに幅のある司令室の自動ドアは、いつも通りあっさりと開いた。そっと中を覗いてみたはいいが、室内は闇一色で奥がどうなっているのかが全く見えないような状態だった。人の声も聞こえなければ物音もしない。

 何がどうなっているのかサッパリ見当が付かずに、一先ず明かりを付けてみようかと手探りでスイッチを探し、周囲を気にしつつ何気なく付けてみる。

 

パッ・・・

 

 刹那、今まで真っ暗闇の空間であった司令室内が光に包まれた。急に明かりを付けた事による眩しさで一瞬目を瞑る。

 ――と、次の瞬間。

 

パパパパパパパパンッ!!!!!

 

「うわぁっ!!?」

 

 けたたましく何かが弾けるような大きな音が無数に響き、驚きのあまりついつい変な声を上げてしまうアポロ。

 何が起こったのかわからずに、力強く瞑ってしまった目をゆっくりと開けてみる。気がつくと自分の体には、何やらカラフルな紙テープらしき細かな物体が纏わりついていた。

 

「なっ・・・これは・・・?」

 

 わけもわからぬまま周囲を見渡すと、その場にはここのベースに所属している大勢のハンターや用務員達が、たった今使用したばかりのクラッカーを片手にアポロを囲むような形で立っていた。そして、

 

『総監就任10周年、おめでとうございますっ!!!』

 

 完全に祝福ムードの中、職員達が皆口を揃えて言い放つ。そこで漸くこの場の状況と、今日が一体何の日であるかを悟った。・・・すると、

 

「ほら、受け取りや、アポロ」

 

 現状を理解して思わず苦笑いを浮かべているアポロに最初に声を掛けたのは、ベースへ入るまでは行動を共にしていたインドラだった。両手に抱えた花束をアポロに渡し、軽く微笑む。

 

「・・・なるほど、そういう事だったのか・・・お前も仕掛け人だったというわけだな」

 

「ま、そーゆーこっちゃ♪」

 

 花束を受け取りつつ、照れたような困ったような表情を浮かべて頬を掻くアポロに対し、インドラはさも楽しそうに笑って見せた。同時に、周囲から盛大な拍手が贈られる。

 

「・・・ごめんなさいね、驚かせてしまって」

 

 と、不意に優しげな笑みを浮かべた一人の女性が近付いてきた。それは覚えのある、少々懐かしい顔であった。

 

「ミスティル・・・!?」

 

 一瞬目を丸くさせ、その女性の名を口にする。

 本来この場に居ないはずの友人の姿に驚きを隠せず、一体何故ここに居るのかを聞こうとして、忘れかけていたある事を思い出した。

 

「・・・そうか。この間メールでこちらへ来ると言っていたのはこの事だったのか」

 

「ふふ・・・そう言う事。ベースの皆に知らせるのが遅くなって準備に手間取ってたんだけど・・・何とか間に合ってよかったわ」

 

 そう言ってニッコリと微笑むミスティルに、つられてアポロもまたフッと笑みを漏らした。改めて室内を見渡してみると、結構準備をするのが大変だったであろうと思われる煌びやかな飾り付けが、部屋全体に渡り施されている。昨夜から密かに行われていた作業とはこの飾り付けの事だったようだ。

 

 ・・・という訳で、結果的に彼等に振り回されるような形となったが、一時的に様子が変だったハンターベースの謎は無事解明(?)された。

 

「・・・・・・、ありがとう」

 

 一つ小さな溜息を吐いた後、アポロは今までにないくらい極上の笑みを浮かべて一言、そう呟いた。

 今から、ベース全体による壮大なパーティーが始められるだろう。

 

 

 

END−







感想

優煌2●歳のお誕生日プレゼントとして、橋本様が下さいました小説にございますー!!!!

キャーーーVvもう、感謝感激雨台風!!でございますよー!!

無理言ってアポロさんとインドラお兄さんを出してほしいといったところ、快くOKしてくださって本当にありがとうございますVv

やはりお気に入りのキャラを出していただけるのは嬉しいですね♪何度も読み直して一人にやけてます(怪しいって・・・)

ちなみに、アポロさんが総監に就任して10年になるというのは私が勝手に決めさせていただきました(^^;

自分の中でイレギュラーハンター設立から現在(X7前後)まで軽く20年ぐらいは経っているだろうと思って、10年にしたわけです。

そして、冒頭でクロスがお祝いの準備しておりましたが・・・

目に浮かびます・・・嬉々として準備を進めている奴の姿が!(笑)

最近、うちのクロスはゼロに負けず劣らずブラコンになって来てますからねぇ・・・(爆)

それはともかく!橋本様!素敵な誕生日プレゼント、本当にありがとうございました!!





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