To you who are not any longer...



 ― イレギュラーハンターベース本部内 ―

 ベース内の公園・・・そこは人工物だが植物があり、戦いで疲れたハンターの心も癒してくれる・・・そんな場所だ。

 そんな公園で、煙草をくわえた黒髪の女性がきょろきょろと誰かを探している。

「ヴィシュヌ、何処にいる?」

 彼女が名前を呼ぶと・・・

「ここだよ母さん」

 木陰から少女とも少年とも取れる人物が現れた。

「どうしたんですか?」

 ヴィシュヌは女性を『母さん』と呼んだ、見た目には到底親子に見えないこの二人・・・母親の名はユーマ、イレギュラーハンターの中で、その名を知らぬものはいないといわれるほど優秀な科学者だ。ヴィシュヌはそんな彼女の作り出したレプリロイド・・・彼女がこの世に生み出した存在なので、ヴィシュヌはユーマを『母さん』と呼んでいるのだ。

「・・・それは私の台詞だ、一体どうしたのだ?最近よく塞ぎこんでいるようだが・・・」

 心配そうにたずねるユーマに、ヴィシュヌと呼ばれた人物は照れくさそうにこう言った。

「・・・母さん・・・俺・・・ちゃんとした女の人になろうかなって・・・最近思うんだ・・・」

 そう恥ずかしそうに微笑む・・・そんな我が子の様子からユーマはこの子が恋をしているとすぐにわかった。

「・・・好きな人が出来たんだな・・・」

 その言葉に顔を赤くするヴィシュヌ・・・二人は備え付けのベンチに座り、話し始めた。

「でもね・・・まだ俺、その・・・あの人の事知らないんだ・・・名前も・・・・・・解ってるのは、あの人がレプリフォースの人だって事だけ・・・」

 切なそうにそう話すヴィシュヌの様子にユーマはある提案をした。

「ふむ・・・確か今日は午後にカーネル殿が来るはずだ・・・その時にでも彼に聞いてみてはどうだ?」

 その提案を聞いて、ヴィシュヌの顔が少し明るくなる。

「カーネルさん、いつ来るの?」

「ん?・・・ああ・・もうそろそろだな」

 ヴィシュヌの問いに、時計を見てユーマはそう答えた。

「俺、見に行ってくる!!」

 言うが早いか、ヴィシュヌはそのまま走って行ってしまった。

「・・・まさかあの子が恋をするとはな・・・」

 ユーマは嬉しそうに微笑み新しい煙草をくわえ、火をつけた。

 

「カーネルさーん!!」

 ハンターベースの入り口付近でカーネルを見つけたヴィシュヌが大声で名前を呼びながらはしってきた。

「どうした?」

「はぁはぁ・・・・あ・・あの、ちょっとお聞きしたい事が・・・・・・?」

 ふとカーネルの後ろに背の高い兵士がいる事に気付く。青年は鍔付の帽子を深くかぶっておりその顔を見る事が出来ない。

「あの・・・カーネルさん、そちらの方は?」

「ああ、コイツは私の部下でな・・・ハンターに探し人がいるそうだ。シヴァ、ヴィシュヌ殿に挨拶を・・・」

 シヴァと呼ばれた青年は、ヴィシュヌの姿を見て動きが止まった。

「!?」

「?・・・どうした、シヴァ・・・?」

 シヴァはヴィシュヌを見つめ、こう言った・・・

「・・・見つけた・・・」

 カーネルはすぐにどういう事かわかったが、ヴィシュヌはまだ頭の上に『?』マークをつけている状態だ。

「シヴァ、私はもう行かねばならん。後は任せたぞ」

 シヴァの返事も聞かずカーネルはスタスタと行ってしまう・・・残されたシヴァはどうして良いかわからずしばらくオロオロしていたが、不思議そうなヴィシュヌの顔を見て意を決したようだ。

 帽子を脱ぎ、微笑んでこう言った。

「あの・・・あの時はどうもありがとう・・・それで・・・・その・・・・君とまた話しがしたくて・・・」

 ヴィシュヌは驚いた・・・だが、同時にとても嬉しかった・・・

 信じられない!!本当に奇跡ってあるんだ・・・まさか・・・まさかこんなに早く逢えるなんて!!

 目の前で微笑んでいるのは、ヴィシュヌがもう一度会いたいと思っていた人物だった・・・

 

 

 

 それから二人は互いのことを話し合った。まるで、ずっと前から知り合いだったかのようにすぐに打ち解け合い惹かれあった・・・

 ・・・だが・・・

 シヴァは一つだけ疑問に思うことが有った・・・ヴィシュヌには話すことに抵抗のある秘密があった・・・

 しばらく本部内を案内しながら話をしていた二人は、休憩のため近くに備え付けてあるベンチに座る。ヴィシュヌは自動販売機でコーヒーを買い、彼に渡した。

「あ、ありがとう」

 シヴァはそれを受け取り渇いた喉を潤す。

「今度、俺がコーヒー入れてあげようか?結構おいしいって評判なんだよ♪」

 他愛のない話を幾つかした後、シヴァが不意にこう言った。

「そういえば・・・君はどうして自分のことを『俺』と言っているんだ?」

 何気ない問いに、ヴィシュヌは答えるかどうか迷った・・・この人に嫌われたくない・・・だが、嘘も付きたくない・・・真実を話すか否か・・・とりあえず今は簡単に答える。

「あ・・・それは・・・俺の生まれ育った場所の研究員がほとんど男の人だったんだ、だからその中にいるうちに自然にこうなっちゃったってわけ」

 ウソではない、本当の事だ・・・だが肝心な事をまだ言ってはいない・・・言うべきか言わざるべきか・・・同じ問が頭を回る。

「なるほどな・・・ならば、色々大変だったのでは・・・?どうした?」

 急に下を向いて黙ってしまったヴィシュヌの顔をシヴァが心配そうに覗きこむ。

 ・・・俺はこの人が本当に好きだ・・・・・・この人に嘘は付きたくない・・・

「あ・・・あのさ・・・・聞いてほしい事があるんだけど・・・」

 ヴィシュヌは決心して話し始めた・・・自分が実は女ではないと言う事、正確には男でもないが・・・『セクサレス』男でも女でもない、性別の無い存在・・・それが自分・・・

 今まで自分を好きといってくれる存在はいたが・・・全てを受け入れてくれた者はいなかった・・・ただ一人、自分の製作者であるユーマをのぞいて・・・

「あの・・・もしこんな状態が嫌なら俺、ちゃんとした女の子になるから!だから!!」

 嫌いにならないで!!

 それはヴィシュヌの心の叫びでもあった・・・この人にだけは嫌われたくない、ずっと傍にいてほしい・・・すがるような瞳で見つめるヴィシュヌをシヴァは優しく抱き締めた・・・

「大丈夫だ、嫌いになんかなったりしない・・・君を一人にするような事はしない・・・私は・・・君が好きだから・・・・だから・・・そんな顔をしないでくれ・・・」

 ヴィシュヌも彼を抱き締めた・・・ようやく逢えた運命の人・・・もう・・・離したくない・・・

 

 

 

 それから数ヶ月、二人は恋人として幸せに暮らしていた。ヴィシュヌは少しでも『女性』らしくと話し方を少しずつだが変えていった・・・いずれは結婚、そんな話しが噂されるほど二人はとても仲が良かった・・・

 

 だが・・・そんな幸せも長くは続かなかった・・・

 

 はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・

 長い長い廊下を走る・・・信じたくなかった、確かめたかった、そんな事があるはずが無いと、言ってもらいたかった・・・そんな話しは嘘だと言ってほしかった・・・

 ヴィシュヌは自室に戻り、PCを立ち上げ彼を呼ぶ、何度も何度もコールする・・・だが・・・彼からの返事は無い・・・

 どうして?どうして?どうして?どうして?

 ヴィシュヌの頭を占領しているのはその言葉だけ・・・

 ピコン

 不意にした着信音、メール・・・シヴァからのメールだ・・・ヴィシュヌは急いでそれを起動させる・・・

 画面に映し出された愛しい人、映像がかなり荒く、目を凝らしてやっとその顔が見れる状態だ・・・

『・・・ヴィシュヌ・・・きっと君は怒っているだろうな・・・いつも一緒だと言っておきながら・・・私は君を裏切ったのだから・・・』

 裏切り、その言葉に胸が痛くなる・・・

『・・・これは・・言い訳にしかならないが・・・聞いてくれ・・・私は軍人だ・・・軍人の誇りを捨てるわけにはいかないんだ・・・・すまない・・・私は・・・カーネル殿についていく・・・』

「酷いよ!勝手過ぎるよ!!そんなの!!」

 ヴィシュヌは画面に向かって叫んだ・・・

『愛してる・・・ヴィシュヌ・・・もし・・・君も私を愛していると言ってくれるなら・・・・今から言う場所に来てくれ・・・・・・』







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